私は1955年に生まれました。その年は自由民主党が結党した年でした。私はずっと自由民主党のある社会で生きてきました。 中学生位まで、民主主義と平和憲法は新鮮なイシューでした。しかし、青年時代の1980年代になると、それらは少し古ぼけた景色になりました。そして戦後民主主義が取りこぼした、環境、日本の植民地主義と加害性、男女の不平等がイシューとして登場しました。 しかし今、安倍政治によって憲法と民主主義が、再び、そしてこれまでにないほど鮮烈なテーマとなりました。私は1950年代の感覚を思い起こしています。 国会前抗議でスピーチしているSEALDsの紅子さんのお母様は、客室乗務員30歳定年制を撤廃した方だそうです。いわば1980年代の戦いをされた方ですが、その方の娘さんが「憲法を守れ」と私から見れば、時代をさかのぼり〈1946年〉の立ち位置で戦いをなさっています。何故ならば安倍政治が私達を〈1941年〉に引き戻そうとしているからです。 2015年に〈1946年〉の立ち位置で戦うこと、このパラドックスが今の日本の姿です。 自由民主党の結党宣言にはこうあります。 「政治は国民のもの、即ちその使命と任務は、内に民生を安定せしめ、公共の福祉を増進し、外に自主独立の権威を回復し、平和の諸条件を調整確立するにある。…個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となす。故に、権力による専制と階級主義に反対する。」 自由民主党はその気高い党名と崇高な立党宣言に恥じないように、看板を洗って出直すべきです。私は、安倍政治に反対します。

田村貴紀(法政大学 非常勤講師)

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