現行憲法と「自民党改憲草案」についての解説


自民党は野党時代の2012年4月に「日本国憲法改正草案」を発表しました。自民党は2005年にも改憲草案を発表しています。2012年の改憲草案は2005年のそれと比較するといくつか違いがあります。まず名称が、2005年のものは「新憲法草案」となっていましたが、2012年のものは「日本国憲法改正草案」となっています。2005年のものは、現在の日本国憲法に代えてまったく新しい憲法を制定するという趣旨でこのような名称にしたと思われます。他方で、2012年の改憲草案は、一応いまの日本国憲法をもとにして、その改正という形をとっています。

しかし、以下にみるように2012年の改憲草案は、日本国憲法の基本原理である、国民主権、平和主義、基本的人権の保障のいずれの原理・原則を、形をとどめないほど変形、改定をしたものです。その意味で、これは「憲法改正」でなく、憲法改正の限界を突破した、「壊憲」の試みとしかいいようがありません。このような内容のものを、正面から憲法改正として発議することはないでしょうが、いま「改憲」を唱えている政権政党の本当の考えを知っておき、主権者国民として改憲問題を真剣に考えていく際の、参考資料とすることが大切だと思います。

立憲主義の軽視

立憲主義とは、憲法によって国家権力を拘束し、国家権力は憲法に従って国政を運営しなければならないという原理です。憲法によって縛られるのは憲法によって権力を信託された人たちであり、国民は権力行使者に憲法を守らせる立場にあります。

日本国憲法99条が、「天皇又は摂政及び国務大臣、国家議員、裁判官その他の公務員」に憲法尊重擁護義務を負わせながら、その主体に国民をあげていないのは、この原則を明らかにしています。

ところが自民党の「改憲草案」は、「国民の憲法尊重義務」を新設し、公務員には「憲法擁護義務」に絞るとともに、天皇や摂政の「憲法尊重擁護義務」を全面的に削除しています。

「国民のための憲法」から「国家のための憲法」への立憲主義憲法の変質は、前文においても明らかです。

前文は、起草者が思い描く「日本国の姿」1)を提示し、国にふさわしい「あるべき日本国民像」を提起し、国民の国家における役割や努力目標を示す2)という構造になっています。「国民の人権保障のための国家」「国民に奉仕する国家」といった基本視点はまったく見られません3)。

注1)「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家」である。

注2)「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。」

注3)前文の最後は、「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するために」憲法を制定する、という一文で終わっています。まさに「国家のための憲法」です。

「天皇を戴く国家」と国民主権の形骸化

改憲草案の前文冒頭は、「日本国は天皇を戴(いただ)く国家であ」り、第1条は、「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴」であると規定しています。天皇を「元首」にして、国民主権の形骸化を図っています。

現行憲法は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」(4条1項)と規定していますが、改憲草案は「のみ」という言葉を削除しています。その理由は、「天皇は、国又は地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的な行為を行う」と規定するように、天皇が「公的行為」を行うことができるようにするためです。天皇ができることは「国事行為」のみというのが、現行憲法の厳しいしばりであり、それを緩和しようというのです。

改憲草案は、第3条で、「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」と規定しています。憲法で君が代と日の丸を明記することは、国民主権だけでなく、思想・良心の自由に対する軽視も意味しています。また第4条では、「元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する」と規定しています。一世一元制の元号を憲法上明記して、元号使用を継続させることは、これまた時代錯誤の試みです。日本人の生きていく時間の認識を、深層において天皇の存在と結びつける効果を発揮するのが元号制です。

「戦争をする軍事大国」を目指す9条の改憲

改憲草案は、現行憲法第二章の「戦争放棄」という表題を「安全保障」という表題に変更しています。改憲草案9条のタイトルは「平和主義」ですが、ここでの「平和主義」は現行憲法が採用している非軍事平和主義(軍縮平和主義)とはまったく別ものです。

改憲草案の特徴は四点あります。

第一は、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するための活動」「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」を行う「国防軍」が創設されます。「国防軍」の創設は単なる名称変更ではなく、「最小限度の自衛力」という制約が撤廃されます。「国防軍」の場合には、大陸間弾道ミサイルも、航空母艦もさらには核兵器も憲法上の制約なしに保持することが可能になります。

第二は、9条2項で、「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と規定して、集団的自衛権を憲法上認めています。日本は、アメリカの軍事行動に対して全面的な軍事的協力を行うようになります。

第三に、「軍事審判所」という名前の軍法会議の設置が提案されています。軍事機密の聖域化と国民の知る権利の剥奪が懸念されます。「被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない」と規定していますが、国防軍の機密にかかわる裁判では、上訴裁判所が軍事審判所の認定事実や罪状と異なった判断をすることはきわめて困難です。

第四に、日本国憲法前文の規定する平和的生存権を削除し、実質的な国防責務の導入を意図しています。

基本的人権の形骸化(1)

日本国憲法97条は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と規定しています。この極めて重要な規定を、「改憲草案」はあっさりと削除してしまいました。その理由は、西欧の天賦人権説に基づいているからだと説明されていますが1)、基本的人権は将来の世代にも不可侵の永久の権利として信託されたものという、基本的人権の本質に対する違和感の表明です。

「個人の尊重」原則を述べている憲法13条もあっさりと、「人として尊重される」と変更しており、憲法の一番大切な個人主義の原則を採用しないという意思表示がなされています。また、日本国憲法が人権の制限根拠としている「公共の福祉」の代わりに「公益及び公の秩序」による広範な人権制限を容認しています。表現の自由さえも、「公益及び公の秩序」によって制限されるようになります。

以上の三点は、憲法による基本的人権の保障の一番大切な原理原則を廃棄してしまおうというものです。

注1)自民党『日本国憲法改正草案Q&A〔増補版〕』2013年10月、13頁。

基本的人権の形骸化(2)

信教の自由と政教分離について、国家および地方自治体に禁じられる宗教的活動や公金の支出・公財産の利用から、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」を例外化して、靖国神社公式参拝・神社への玉串料支出・皇室祭祀などの合憲化が予定されています。これは政教分離原則の大幅な骨抜きであり、特定宗教の押しつけによる信教の自由の侵害をもたらします。

改憲草案は、国民の義務・責務を大幅に導入しているほかに、以下のような問題点があります。

(1)政治的関係における身体の拘束の可能性を認めて徴兵制の可能性を残しています。

(2)職業選択の自由(営業の自由)に関して、経済的・社会的弱者の保護の観点からの「政策的制約」を意味する公共の福祉による制限を撤廃しています。

(3)教育の位置づけを「国民の未来を切り拓く」のではなく、「国の未来を切り拓く」ためとしています。

(4)公務員の労働基本権を制限しています。公務員の労働基本権の制限は、民間企業の労働者にも大きな影響を与えます。

(5)家族の互いの助け合いを義務化して、生存権の削減を容易にしています。

(6)人口比に基づく選挙権の平等を相対化し、選挙権者から外国人を排除しています。

緊急事態規定の新設

改憲草案は、「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」の新設を提案しています。緊急事態の定義の具体化は法律に丸投げされています。内閣の緊急事態宣言は国会の事後承認でもよく、内閣は緊急政令制定権や緊急財政処分権を与えられます。さらに非常事態宣言が発令された場合には、国その他公の機関の指示への、国民の服従義務が定められています。

緊急事態条項(国家緊急権)とは、「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限」のことです。人権保障の停止(人権の広範な制限)と権力分立の停止(執行権への権力の集中)を内容としています。国家緊急権は、立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し、執行権への権力の集中と強化を図って危機を乗り切ろうとするものですから、立憲主義を破壊する大きな危険性をもっています。

日本国憲法が緊急事態規定を置いていないのは、人権保障や権力分立を停止するような事態をそもそも憲法規範化してはならないという立場に立っているからです。

憲法改正条項の改悪

現行憲法96条1項は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」と規定しています。これに対して、改憲草案は、「三分の二以上の賛成を「過半数の賛成」に変更するなどの提案をしています。

憲法は人権の不可侵性を規定し、権力の制限を定めている国の最高法規です。憲法の改正が国会議員の過半数で発議できるようになってしまえば、憲法は通常の法律と大差がなくなってしまいます。国民投票も万能ではなく、しばしば間違った方向に流れるという諸外国の経験もあります。それを防止するためにも、国会での「熟議」を踏まえた三分の二以上の特別多数による「発議」が必要です。

そもそも憲法改正手続によって96条自体を改正できるでしょうか。憲法学説の多くは、96条に基づいて96条の根幹を変更することは認められないと考えています。「ゲームの途中でルールを変えるのはフェアでない」という批判を受けて、2013年の春から夏にかけての96条先行改憲論は実際政治の場から姿を消しました。「改憲草案」のこの提案も撤回されるべきです。

改憲をめぐる言説を読み解くプロジェクト 執筆者一覧(五十音順)

石川裕一郎(聖学院大学、憲法学)■稲正樹(国際基督教大学元教員、憲法学)■神田靖子(大阪学院大学元教員、言語学)■志田陽子(武蔵野美術大学、憲法学)■名嶋義直(琉球大学、言語学)■野呂香代子(ベルリン自由大学、言語学)

注:このQ&A集は「「安保法制」に反対する北海道宗教者連絡会」様が作成されたパンフレットWeb版を元に再構成したものです。このQ&A集に関する著作権、著作隣接権は、「「安保法制」に反対する北海道宗教者連絡会」様に帰属します。