「憲法改正」論についての素朴な疑問集


 今まであまり憲法を意識しなかった人でも、昨年の安保法案をめぐる国会での紛糾を目にして、新たに憲法とは何かを考え始めた人も多いことでしょう。また、メディアによって報道されるたびに、今の憲法の在り方を考え始めた人もいるのではないでしょうか。そこで第1章では、日ごろ政治に無関心な人々から聞こえてきたさまざまな声を集めてみました。

 なぜ今、憲法改正なのか、そもそも憲法改正とはどんなことか、そして、その前に現行憲法とはどのようなものか、といった素朴な疑問にお答えします。

Q1最近、憲法改正が話題になっていますが、なぜ今、これが持ち上がったのでしょうか?
A1自民党およびその所属議員は以前から、「押しつけ憲法」を否定したい、「日本古来の伝統」を踏まえた憲法を制定したいという思いを表明していました。もともと自民党は改憲政党なのです。しかし、改憲を発議するためには、衆参それぞれの総議員の3分の2以上の賛成が必要だったため、実現には程遠い状況でした。それが2012年の総選挙で自民党が大勝したことにより、いくつかの野党と合わせた衆議院の改憲勢力が3分の2を越えたため、実現の可能性が出てきたのです。

 現安倍政権は憲法解釈による解釈改憲の手法では不十分だということで、正面突破を図るようになっています。しかもすでに第一次安倍政権のときに、憲法改正国民投票法を制定したりして、改憲手続の発動をクリアーできる条件を整備しています。
Q2安倍政権は現行憲法は古くなったからと言っていますが、そうした理由で憲法を改正する必要があるのでしょうか?
A2改憲への動きは今に始まったわけではなく、安倍晋三首相の祖父岸信介は第二次大戦の終戦からわずか10年ほどのちの首相在任中(1957〜1960年)に、すでに改憲を口にしていました。岸信介は若い時代に国粋主義に傾倒し、第二次大戦は日本の生存のための戦いでやむを得なかったという立場をとっており、終戦後は日本独自の憲法を作ってこそ、真の意味で日本が独立したことになると主張して、改憲を唱えていました。これが孫の安倍晋三首相の悲願として続いているようです。

しかし一国の憲法はそうした個人の思い入れによって変えてよいものではなく、国民のためにどうしても必要だという公的な理由がなければなりません。それがあるのかどうかが、疑問視されています。

現行憲法はこれまでに、随時、国民のために必要な権利とあれば解釈によって新しい権利を生みだし、必要な法律を補うことによって時代の要請に応えてきました。現行の日本国憲法は、13条などを根拠にして、それができるようによく考えられています。現行憲法は、その枠内で、真に必要な権利保障は国民の声によって生みだしていくことができる、この構造を維持することが大切です。

今後もこれからもそうした性格を持つ憲法自体が「古くなった」という理由は通用しないはずです。一つ一つ点検していくと現行憲法が「古い」という理由はないため、「時代に合わなくなった」ということを理由に、現政権が憲法を根本的に変えようとしていることが明らかになります。
Q3憲法改正とはどんなことでしょうか?
A3現行憲法が古くなったから代える必要があるという主張は、車や家電が古くなったからモデルチェンジしましょうという考え方を憲法に当てはめているような感じがします。

憲法とは、権力を担当する人に対して、憲法の定めていることを憲法の定めている方法で国民のための政治を行うように命じているものです。人類が近代・現代・現在と歩みを進める中で、人権保障を確実なものにするために、憲法を作ってきました。このような憲法の基本のコンセプト(=立憲主義)は、時代や国を越えて普遍的なものとして維持・発展させていくべきものです。

ですから、時代に合わせて憲法を変える場合にもこの基本コンセプトから外れるものであってはなりません。現行憲法である日本国憲法はこのような近代立憲主義の基本線に立ち、性差別の禁止・人間らしい生活の実現・平和の確保といった21世紀の現代的課題にも取り組んでいる現代憲法です。古くなってしまった時代遅れの憲法ではなく、現代の課題にも取り組んでその解決を模索している憲法です。
Q4この憲法のもとで戦後70年もの間、平和が続きました。ここで憲法改正をするということ自体に不安を感じるという市民、危険だと指摘する有識者が大勢います。それはなぜでしょうか?
A4現在示されている改憲草案の内容や、各種委員会・調査会などの記録にある数々の発言から、この改憲草案は大日本帝国憲法(明治憲法)のような憲法への逆戻りを目指していることがわかるからです。

現行憲法には大きな柱があります。「日本国憲法の三原則」、つまり a.人権尊重主義  b.平和主義  c.国民主権主義 の3つです。

これらが改憲によって失われるかもしれないという危機感を肌で感じる市民が多く、専門家の間でも、現在示されている改憲草案では現行憲法の三原則が崩れてしまい、近代憲法・近代国家の体をなさなくなる、との指摘が多いのです。

その不安感・危機感については、現政権に重大な責任があります。

これまでの「TPP交渉」や「集団的自衛権」をめぐる議論、「安保法」の決定といった一連の政権の動きをみると、当初国民に約束したこととは異なる方向へ進んでいるのが明らかです。こうしたことから、現政権が「立憲主義」??国家は国民との関係を守るために、憲法を守り憲法を踏み外さない、というルールを守っていくかどうか、不安に感じる(安心できない)という市民は多くなっています。安倍政権は「平和主義を守り、戦争をする国にはしない」と言っていますが、その言葉を信じられないと感じる人が増えているのです。
Q5安倍政権は現行憲法は戦後すぐにできたもので、現在は世界情勢も変わっているから通用しないと言っていますが、どこが問題なのでしょうか?
A5巷で改憲理由の一番に挙げられるのが憲法9条です。中国や韓国が日本の領域を侵犯している、あるいは北朝鮮がミサイル発射を繰り返すというふうに、日本の周辺諸国が不穏な動きをしています。そのため、「交戦権の否認と戦力の不保持」をうたった9条2項を変えることによって解決したいというのが政権の意図です。いつでも戦争の用意をしておきたいというのが本音でしょう。 憲法9条

こうした外交問題は高度な外交交渉によって解決するべきもので、軍事力を解決の手段とすべきではありません。とくに国際協調を守ろうとしない国は、なるべく多くの国で結束して協調を強く促すしかありません。ここで国民の恐怖心を煽って軍隊保持を容認するような憲法改正を行なえば、敵対モードへの舵きりに見えますから、かえって相手国を刺激し、解決が遠のきます。これまで軍事力で解決された紛争があったでしょうか。世界情勢も変わったので憲法も時代に合わせて変えようという大ざっぱな議論は実益がなく危険です。

原発と国民が負うリスク、沖縄基地問題、産業界の利益と国民の生存権とのバランス、などなど、現行憲法下で先に議論すべき事柄が山積しているのに、国民の意識をその議論から逸らすことになるからです。

(「軍隊について」の各項目を参照してください)
Q6安倍首相はどのような内容の憲法に変えたいと思っているのでしょうか?
A6安倍首相は、どういう内容で国民に憲法改正を訴えたいのかという肝心の問題を隠したまま、とにかく憲法改正をしたいと訴えています。自民党が野党のときの2012年4月に公表した「日本国憲法改正草案」をぜひ検討してみてください。これが改憲を求めている人々の本音です。

そこには、「天皇を戴く国家」と国民主権の形骸化、国防軍や軍事審判所の設置など「戦争する軍事大国」をめざす9条改憲、天賦人権条項の削除、「公益及び公の秩序」による人権制限、国民の義務・責務の大幅な導入など、普遍的な立憲主義とは相容れない驚くべき内容が提案されています。

しかしながら、このような本音を正面からは訴えず、緊急事態条項の新設、財政健全化条項の導入などを突破口にして、参議院選挙後に改憲問題を発動しようとしているのです。

本丸は隠しておいて、人々が賛成しそうな内容を手始めにして、とにかく改憲に着手する。その後に9条改憲という正面突破をはかるという二段階の戦略がとられています。
Q7憲法9条が問題になっていますが、そもそもどんな条項でしょうか?
A7憲法9条は、「戦争放棄」をうたった条項です。  (憲法9条)

この9条ではいざというとき自国を守れないとして、これを変えて自衛隊を国防軍にしようという意見があります。しかし、現行憲法の下でも自国民の生命を守るため必要やむを得ない場合には自衛権を行使できる(個別的自衛権)というのがこれまで通用してきた理解です。これに加えて外国の戦争への加担を可能にする改正が必要でしょうか。

自民党の改憲草案は、自衛隊を国防軍にし、平和的生存権を憲法から削除して国防を国民の責務にしようというものです。しかし、これこそ日本国が「やってはいけない」と反省してきたことの中心なのです。

軍隊による国防は犠牲者を生み出すばかりで、本当の意味で国民を守ることにはなりません。本土決戦のために捨て駒にされた沖縄の人々の例を検証してみれば、それが如実にわかりますし、現在でも米軍関係者によって民間人犠牲者が出たとき、公正な扱いはされていませんね。人間が恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利は、軍隊によって守ることはできないのです。

憲法9条をこのように変えることは、私たちの暮らしと社会を、いつでも軍事的公共性に従属するものへと変換できることを意味します。そうした国策を封じる9条が、戦後の日本の自由と権利保障の基礎となっていたことを、あらためて認識する必要があります。
Q8「平和的生存権」について説明してください。
A8日本国憲法の前文のなかに、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と規定があります。これが「平和的生存権」です。

その起源は、「欠乏からの自由、恐怖からの自由」を含むルーズヴェルトの「四つの自由」宣言(1941年)と、それを受け継いだ大西洋憲章(1941年8月)です。これが第二次大戦後の国際連合憲章、世界人権宣言、国際人権規約にも受け継がれ、日本国憲法前文の「平和的生存権」もその流れに沿っています。

人類の知性は、数々の悲惨な経験を通して、戦争はあらゆる人権侵害を引き起こすこと・平和はあらゆる人権保障の土台になることを学び、その意味で「平和」がもっとも重要な「人権」であるという考え方に到達しました。個々の人間の生命や人権が、国家よりも上にあるのだ、という思想が、その核心にあります。「恐怖と欠乏のない世界」を「法の支配」によって実現することが国際人権の考え方ですが、日本国憲法の「平和的生存権」は、こうした世界の努力と連携しながら、その国内的保障の徹底を目指したものです。

現在、多くの憲法研究者によって、平和的生存権の権利の中身を明確にする努力がなされており、裁判所の判決の中には、平和的生存権の具体的権利性を認めたものもあります(自衛隊イラク派兵差止等請求事件・名古屋高裁2008年4月17日判決。ここでは、「憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、平和的生存権…の表れとして、裁判所に対し…救済を求めることができる場合がある」と述べられています)。

平和的生存権を「人権」として明文化したことの意味は、平和の問題を政府・政策にまかせてしまうのではなく、国民一人一人に確実に保障されるべき権利の問題として考えていく、というところにあります。

現在、国連人権理事会では、「平和への権利」を国連総会で宣言として採択しようという大きな取り組みがあり、その実現には、上のような日本国憲法の平和的生存権の考え方が決定的な意味を持っています。

※参考:平和への権利国際キャンペーン・日本実行委員会(編)『いまこそ知りたい 平和への権利 48のQ&A』合同出版、2014年を参照ください。
Q9憲法改正をするとしても、中国や北朝鮮などの周辺国、あるいはISなど、他国からの脅威が大きくなっているので、9条だけを変えればよいのではないでしょうか。
A99条の内容は国家の根幹にかかわっていますから、最近の国際情勢を理由に9条を変えれば、それだけで国家と憲法の全体が変わってきてしまいます。

「戦争は放棄する、戦力となる軍備を持ってはならない、他国との戦争を行う権限も認めない」という9条があるため、自衛隊はあくまでも自国の「専守防衛」のための組織として位置づけられ、海外での戦闘活動は認められてきませんでした。1992年にPKO協力法が成立した後も、日本は自衛隊員を戦闘に関与させることはせず人道支援のみとし、多額の費用負担を引き受けてきました。このルールが2015年に変えられてしまいました。

現在、アメリカは、国内での兵士志願者の数が減少しているため、日本に兵力の補填を要求しています。日本国内にも「アメリカが戦っているのに、手をこまねいて見ているのは卑怯だ」といった意見もあります。しかし、自国・他国の国民に犠牲を出す「戦争」は、血気盛んな青年同士の喧嘩とは次元の異なるもので、素朴な正義感だけで参戦することは事態を悪化させます。

近年の世界の紛争で、武力によって解決した例はありません。ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン紛争など、大国の軍事介入を受けた国々では、今もなお紛争が続いています。世界平和を守るにはさまざまな手段があります。日本には日本の貢献の仕方がある、ということを世界に納得してもらうよう努力を続けることのほうが重要です。
Q10アベノミクスによって経済が好転したという見方があります。この政権の経済政策と改憲案とは別問題だと思いますが、関係があるのでしょうか。
A10アベノミクスによって本当に経済が好転したのでしょうか。世界で一番企業が活躍できる国にしたいという現政権のスローガンは、本当の豊かさや人間の幸福を実現しようという考えではありません。

自民党の「日本国憲法改正草案」(改憲草案)では、精神的自由を現行憲法以上に厳しく制限して、経済的自由については現行憲法以上にゆるやかに認めようとしています。改憲草案の前文には、「我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」という一文があります。国家の役割を最小にし、経済競争の自由だけを最大限に認める、新自由主義的な経済成長原理主義を国是にしようとしています。

現政権は、生存競争で疲れてぼろぼろになった国民に、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、…和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」(同上前文の一節)という幻想を振りまいています。

企業だけを豊かにし、国民一人一人の生活保障には知らん顔という、現政権の経済政策と改憲案は、一つに結びついているのです。
Q11憲法改正するとしたら、国民一人ひとりの意見が反映するのでしょうか。
A11第一次安倍政権の時に作られた憲法改正国民投票法は、大変曖昧でわかりにくいものです。たとえば、憲法改正を発議するに当たって、

(1)憲法改正国民投票法によって改正された国会法では、「憲法改正原案の発議に当たっては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする」となっているが、区分の仕方が明記されていない

(2)国会の発議後、2〜6カ月という短期間で投票が行われる 

(3)国民投票運動の規制があるため、自由に発言し、考えることがむずかしい

(4)最低投票率の厳密な規定がなく、棄権者が多くなるほど、少数者の意思で決定される

(5)「国民の過半数の賛成」とは、国民投票が行われる時点での有権者総数の過半数でもなく、国民投票に投票した選挙人総数の過半数でもなく、反対票と賛成票を合計した有効投票総数の過半数によって決まる、といった制度的な問題に加えて、投票期日前2週間まで有料広告が野放にされることが許されるために、財力のある改憲賛成派の賛成キャンペーンの洪水が予想される

といった、数多くの問題点があります。

つまり、国民一人ひとりがじっくり考え、判断するという制度設計になっていないのです。憲法改正は国民が最終的に判断を下すものなのに、このような国民投票の制度には大きな問題があります。
Q12万一、憲法が改正されたら、国民の生活はどのように変わるのでしょうか。
A12万一、2016年7月に行われる予定の参院選で与党が勝利した場合、改憲が具体的になる可能性はあります。ただし、一気に進むのではなく自民党が言っているように「お試し改憲」が行われるかもしれません。まず、改憲のために必要な手続きを規定した96条を改正し、次に「緊急事態条項」を創設すると思われます。

これは、東日本大震災クラスの大災害が起こった場合、一時的に首相にすべての権限を集中させるというものです。予想される「東南海大地震」が起こらない限り、すぐに発動されることはないかもしれませんが、それを機に、次々と条項が改変される可能性があります。

しかし、それ以前に、多くの国民が気づかないうちにすでにかなりの条項が政権の意図通りに変わってきています。たとえば「夫婦同姓を合憲」とした最高裁判決。これこそ今の時代に逆行するような判決ですが、家族制度の復活を目指し男女共同参画を壊そうとする「自民党改憲草案」の主旨と合致しています。

そのほか、学校行事での国歌斉唱を義務付けた教育委員会の通達や政府見解を書かせる教科書検定制度など、大きな世論の反対が起こる前に変わってしまったものも多くあります。
Q13現行の法整備だけで済むというのに、わざわざ憲法を改正する理由は何でしょうか。
A13憲法が非常事態(国家緊急権)を規定しない理由について、1946年に金森国務大臣は四つの理由を挙げていました。

第一は、民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するためには、政府の一存で行う措置は極力これを防止しなければならない。

第二は、「非常」を口実にして政府の自由な判断を大幅に残しておくと、どんな精緻な憲法でも破壊されてしまう可能性がある。

第三は、特別の必要が起これば、臨時国会を召集し、衆議院が解散中であれば参議院の緊急集会を召集して対応できる。

第四に、特殊な事態には、平素から法令等の制定によって濫用されない形で完備ができる。

このような憲法の考え方を受けて、災害対策基本法などの法律が整備されてきました。にもかかわらず、東日本大震災からの復旧・復興がはかどってこなかったのは、政府が、被災地住民のことを真剣に考えて、復旧・復興を一番大切な任務としてこなかったからです。法の適正な運用も十分でなく、法律のもとでの対策も後手・後手に回りました。

国家緊急権は「人権を守るための制度」ではなく、「国家を守るために」人権を制限し、人権を犠牲にする制度です。非常事態条項(国家緊急権)から改憲に取り組もうというのは、9条改正を最初に提起すれば国民の反発を呼ぶことは必至であるために、賛成を得られそうなものから改憲に着手するという戦略によるものです。執行権の独裁を狙う「震災便乗型」の改憲論は要注意です。
Q14日米同盟は現行憲法の枠内でのみ有効でしょうか。
A14残念ながら、日米同盟に関わるさまざまな条約や密約が現行憲法を超えているという実態があります。

一般市民には隠されたまま、現行憲法に掲げられた3つの大原則、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義がさまざまな日米間の条約、密約の中で崩されていった事実が、アメリカの公文書公開などによりだんだん明らかになってきました。その最たるものが、1951年に下された最高裁における砂川判決で、これにより日米安保条約のような、高度の政治性を有する問題については、憲法判断をしない、ということになりました。しかも、その裁判は、アメリカ政府が日本政府および最高裁判官に向けた政治工作、つまり、内部干渉をした結果の判決です。

日本には、表向きの憲法体系とは別に、一般市民には隠された日米安保法体系があり、日米安保体系が憲法体系を超えるという現状があるのです。いわゆる対米従属の歴史を市民それぞれが本気で議論する時期を迎えているのではないでしょうか。自民党の改憲案では、その議論の場も失われ、集団的自衛権により対米従属がますます進むでしょう。
Q15改憲すると日米同盟はどう変わるのでしょうか。
A15世界的戦略の中で日米同盟を考えるというアメリカの基本的姿勢は変わらないと思います。

自民党の改憲案は、一方では天皇を戴く国家、つまり、大日本帝国憲法下のような強い日本を夢見ているようです。他方、安倍首相は集団的自衛権の行使容認で軍事的に日米同盟を強化しようとしています。

そうした安倍首相の思いとは別に、アメリカにもさまざまな考えの人がいます。アメリカは日本を守ってくれると信じている日本人が多いかもしれませんが、尖閣諸島の領有権についてなど、アメリカは中立を守りたい、日本がする戦争に巻き込まれたくないと考えている人も多いようです。

新しい「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」では、米軍の日本防衛への関与がこれまでより後退していることが原文の英語から読み取れますが、外務省の翻訳ではそれに気づかせないような日本語になっています。

アメリカは世界的戦略の中で自国の国益を考えて動くので、改憲で軍国主義的な動きを見せると、アメリカは中国と接近して、日本の孤立化が進められるということになるかもしれません。米軍が日本に駐留するのは日本の軍国化を防ぐためだという「瓶のふた(=日米安保条約)論」がアメリカにはあります。
Q16現時点でアメリカは日本の改憲、とりわけ「9条改正」を肯定的にみているのでしょうか、あるいは否定的でしょうか。
A16これもアメリカの国益との兼ね合いから見る必要があると思います。基本的に、超大国アメリカはそのときどきの世界の情勢を戦略的に見て「国益」に鑑みて行動するのですから、アメリカにとっての9条の意味もその都度、変わってくるでしょう。アメリカがまだどこかで戦争をすることになれば、自衛隊の協力を必要とするため、その際は、9条が取り払われて再軍備化することに賛成するでしょう。しかし、日本が軍備の強大化を狙えば、アメリカにはそれを抑える動きが出てくるでしょう。
Q17自民党は、国会議員の3分の2以上の賛成が憲法改正の発議に必要だと規定している憲法96条の改正を提案しています。この規定は、他の国に比べて厳しすぎるのでしょうか。
A17憲法96条とは、改憲のための手続を述べた条項で、衆参両院の総議員の3分の2以上で憲法の改正を国民に提案し、国民投票によって過半数の賛成を得ることを条件としている。つまり憲法改正のためには次の二重のハードルを乗り越える必要があるわけです。

①衆参両院のそれぞれの議員「3分の2」以上の賛成というハードル

②国民投票での過半数獲得というハードル

改憲派はこの条件が世界的にも厳しすぎると主張していますが、必ずしもそうとは言えません。しかし改憲を実現させた国の多くは、大統領の選出方法や連邦制の在り方などの条項を改正していますが、改憲案を国会で通過させるための条項を改正しようとする国は日本だけです。ドイツは日本と同様、敗戦国でありながら、改憲を59回も行って軍隊を保持したということで、日本も見倣うべきだとする意見もあります。しかし、ドイツはナチスの惨禍を二度と繰り返さないという強い決意で、徹底した謝罪と戦後保障も行い、民主教育を制度的に取り入れています。

万一、96条が改正された場合、安倍政権は国民の大半の合意を得たとして、それを機に改憲へと進むと思われます。


出典:Media Watch Japan
Q18自民党は「お試し改憲」という言葉を使っています。たとえば96条を改正したあと、順次改めて全体を変えるのでしょうか。
A18安倍政権は手始めに先に述べた憲法96条を改正するつもりで、これが通れば緊急事態条項(後述の緊急事態条項を参照)を創設する意図をもっています。しかし、これがいったん承認されて発動されると大変なことになります。大災害を口実に首相に全権を委任すると、後は首相の思いのままに国の形が作り変えられる恐れがあります。

というのは、かつて麻生副総理は、改憲の手法について「ナチスの手口をまねたらどうか」と発言しました。最も民主的といわれたワイマール憲法が、ナチスによる緊急事態条項の発動を皮切りとして、巧妙な手口でいつのまにかヒトラーに批判的な人々を排除し、ヒトラーの独裁を許した手法を真似よと述べているのです。こうした意図が裏にあることが政権の公約に隠れているため、国民は警戒しなければならないのです。
Q19安保法案の際にもすでに解釈改憲ということで成立させました。これが認められるのなら、今の憲法を変える必要はないのではないでしょうか。
A19安保関連法は、2014年7月の集団的自衛権行使に関する内閣の憲法解釈の変更と2015年4月の日米新ガイドラインの改定を受けて強行採決されました。憲法解釈の変更によって憲法の規範的意味をまったく変えてしまい、憲法改正が行われたのと同様な結果をもたらした違憲の法律が制定されました。多くの市民によって厳しく批判され、廃止を求める世論が継続しています。ではなぜいま、解釈改憲にとどまらず、明文改憲が求められているのでしょうか。その理由は三つあります。

第一は、自衛隊を米軍と行動させるところまでは、解釈改憲で可能であっても、いざ日本が戦争に参加するとなれば、日本国憲法の全体系がそれに立ちはだかるからです。

第二は、安倍政権が望んでいる軍事大国としての完成には、非常事態規定をはじめとした憲法の全面的改変が不可避だからです。

第三は、政府がすすめている解釈改憲に対する強い異論の下では、集団的自衛権行使をはじめとして、当初政府が想定していた憲法の全面改変ができなくなりつつあり、再び解釈改憲の限界に悩まされるからです。

ですから、安倍政権は、アメリカや財界が必ずしも望んでいない明文改憲に突き進もうとしているのです。
Q20かなりの数の地方議会が「国会に憲法改正の早期実現を求める」意見書を提出しています。十分に議論が尽くされた上でのことでしょうか。
A20安倍政権の背後には右翼的な「日本会議」という組織の存在があります。1997年の結成以降、改憲運動を進めてきて、2014年には改憲を目的とする「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を組織しています。

この「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が世論喚起を目指して、国会議員や地方議会に猛烈に働きかけた結果、「憲法改正の早期実現を求める」地方議会決議は2016年2月には33都府県に拡散しています。多くの地方議会では、全会一致の意見書採択という慣例を無視して、自民党が数にものをいわせて強引に採択しています。

意見書は、地方議会は公益に関する事件につき意見書を提出することができるという地方自治法99条を根拠にして、衆参の両院議長あてに、「両院の憲法審査会において憲法改正案を早期に作成し、次期国政選挙までに国民投票を実現すること」を要請するというほぼ同一内容になっています。改憲案の発議をせよと両議院に発破をかけるだけの内容の意見書は、各自治体の「公益に関する事件」についての真摯な意見とはとうてい思われません。

改憲世論の高揚と拡大戦略の一環として、地方議会という場所が政治的に悪用されており、地域住民の厳重な監視が必要です。
Q21「日本会議」とはどんな団体でしょうか。
A21日本会議は、宗教団体を支持基盤として1997年に結成された右翼勢力の一大国民運動団体で、現在、全国で38,000名の会員を擁します。モットーは、①皇室や伝統文化の尊重、②歴史的に形成された国柄を反映した新憲法の制定、③真正保守政治の実現、④歴史教育と道徳教育を通じた、国を愛する青少年の育成、⑤国際社会に通用する安全保障政策の確立、などです。具体的な活動として、大日本帝国憲法(明治憲法)下のような天皇中心の社会を「美しく、勁(つよ)い国」とよび、その実現のために、右翼翼賛運動の草の根からのネットワーク作りに、全力で取り組んでいます。

現安倍政権の閣僚の四分の三がこの会に所属しているほか、国会議員や地方議員だけでなく裁判官やメディアとも連携してその影響力を広げており、歴史修正主義に基づく教科書選択、男女共同参画運動へのバッシングや女性天皇誕生の阻止、閣僚の靖国神社参拝の後押し、教育基本法の改変など、じわじわと政府の政策変換に影響を与えており、その思想が国民生活へ浸透しつつあります。

日本会議は改憲賛同者1000万人への拡大を目指し、国会議員や地方議会への働きかけを行って、改憲の世論喚起をめざしています。「自民党改憲草案」には上記のモットーが反映されているからでしょう。自民党改憲案の裏にはこのような、大日本帝国憲法下の日本の復活を目指し、戦後日本の民主的な歩みを無視する動きがあるのです。
改憲をめぐる言説を読み解くプロジェクト 執筆者一覧(五十音順)

石川裕一郎(聖学院大学、憲法学)■稲正樹(国際基督教大学元教員、憲法学)■神田靖子(大阪学院大学元教員、言語学)■志田陽子(武蔵野美術大学、憲法学)■名嶋義直(琉球大学、言語学)■野呂香代子(ベルリン自由大学、言語学)

注:このQ&A集は「「安保法制」に反対する北海道宗教者連絡会」様が作成されたパンフレットWeb版を元に再構成したものです。このQ&A集に関する著作権、著作隣接権は、「「安保法制」に反対する北海道宗教者連絡会」様に帰属します。